冒険の終わり-『狼と香辛料』を読んで
また1つ僕の中で物語が終わった。昨日までの連続していた日々と、明確に異なる今日。この感覚を「卒業」と呼ばずになんと呼ぶのか。
『狼と香辛料』は行商人のロレンスと狼の化身であり豊穣の神として崇められていたホロとの出会いから始まる。舞台は中世ヨーロッパを思わせる荒涼とした北の大地、教会が未だ絶大な権力を持っていた時代に主神と異なる神ホロと旅をするという冒険譚だ。
少女のような容姿を借りながら数百年を生きるホロ、荷馬車に揺られながら彼女とするくすぐったい掛け合いを通して、金を稼ぐことしか頭になかったロレンスは緩やかに溶けていく。その過程に当時の僕は何度湿ったため息を漏らしたか分からない。
ロレンスとホロの出会いは、僕とラノベやアニメとの出会いでもあった。2人の関係が温められていくのと合わせて僕のライトノベルやアニメへの熱も熱くなった。僕の原点とも言える作品だ。
そんな指折りで新刊を待っていたこの作品が終わると聞いて、絶望した日を今でも覚えている。最終巻の発売日、購入する手は震えていた。怖くて読めなかった。「いつかその時が来たら読もう」そう本棚にしまって当時は平静を装おうと必死だった。
そんな『狼と香辛料』の最終巻をこの度手に取った。特別な理由はない。「いつか読まなくては」と思い続けていたせいだろうか、本棚から取り出したのは驚くほど自然な動作だった気がする。裏表紙をめくると奥付には6年前の発行日が載っていた。
そこに書かれ描かれていたのは冒険の終わりだった。
行商人だったロレンスの夢は「自分の店を持つこと」。雨の日も雪の日も馬の尻を眺め揺られ、立ち寄る街ではよそ者扱いされる。そんな行商人が抱く普通の夢だ。人外のホロとの旅はいつも綱渡りだった。破産の危機なんかは当たり前、時にロレンスは天秤の一方に自らの命をのせることもあった。そうまでして蓄えた金と人脈を元に、最終巻で彼は店を持ったのだ。
そんな彼の嬉しそうな描写に涙がこぼれた。それは旧友が夢を叶えた感動と、終わりを突きつけられた悲しさからだ。僕らは知っている。冒険はいつの世も持たざる者の特権だということを。
家を持った。
もう寒空の下で毛布に包まる日は来ないだろう。
街に住んだ。
もう騙されまいと疑心暗鬼になることもないだろう。
店を持った。
もう命を対価に商いをすることもないだろう。
そんな幕引きに、友人としては感激し、そしてファンとしては涙した。「止まない雨はないし、明けない夜もない。だから、終わらない冒険もないのだ」そうホロにからかわれているようだった。
最後の2p、店の看板を眺め「こんなに嬉しいことはない」と胸を張る主人公に、ホロは新たな命の誕生を示唆する。それに驚愕する主人公に僕はひとり拳を握った。ロレンスの冒険は終わったのかもしれない。でも彼の「旅」は続いていく。そんな作者のメッセージを受け取ったからだ。
幸か不幸か僕にはまだ守らなければならないものはない。時代が違う、立場が違う、物語と現実は違う、だから命をかけるとまでは言えない。でも「冒険」しない理由はない。
かつてこの本に魅了された1人として言いたい。
「冒険の続きは任せておけ」
体の真ん中が熱くなった。